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COVID-19と対峙する麻酔科医のためのリンク集

COVID-19 pandemicを受けて、欧米ではすでに定時手術を含めた通常診療が制限され、今後日本でも麻酔科医がICUないし手術室でCOVID患者の診療に当たることも十分に予想されます。 以下のリンクが、お役に立てば幸いです。 随時更新していきます。 ...

2020年3月12日木曜日

Intrathecal opioids(くも膜下モルヒネ投与) Complications in Anesthesia 輪読会 Chapter 88 (2020/3/11)

★Complications in Anesthesiaという教科書の輪読会を行っています。
先日のテーマは、"Intrathecal opioids" (くも膜下モルヒネ)でした。
以下、内容のメモ書きです。

症例:
26歳女性、骨盤位で帝王切開
脊髄くも膜下麻酔でBupivacaine 12mg+Morphine 300mcg投与
術後6時間で全身掻痒感あり、ジフェンヒドラミン50mg iv→効果なし
どうする?

くも膜下モルヒネの単回投与は24時間程度効果が持続する
副作用:呼吸抑制(早期/遅発性)、嘔吐、掻痒感、過鎮静、尿閉など

水溶性オピオイドであるモルヒネの遅発性呼吸抑制は投与後6-12時間後に起こりやすい
脳脊髄液中の頭側への移動で中枢性呼吸抑制が起こる

掻痒感は顔面で最初に起こりやすい:三叉神経の脊髄核はオピオイド受容体が豊富
ヒスタミン遊離が原因ではないとされる
妊娠患者の83%、非妊娠患者の69%と高率で起こる副作用

侵害受容と掻痒感はどちらもC線維で伝達される
痛みのGate theory
セロトニン作動系の関与もあると考えられている→オンダンセトロンやプロポフォールが効果がある

脂溶性オピオイドのフェンタニルのほうが掻痒感の持続時間はモルヒネより短い

対応
H1-blockerの効果は限定的
ナロキソンの低用量持続投与(2mcg/kg/h)が鎮痛効果をリバースせずに掻痒感を改善するという報告あり
Opioid agonist-antagonistの使用(pentazocineなど?)
オンダンセトロン
NSAIDs?


#当院では、帝王切開の麻酔は基本的にsingle-shot-spinalで、morphine 100mcgを使用しています。
ここ最近、術後の静脈血栓塞栓症の予防として、低分子ヘパリンやフォンダパリヌクス、DOACを使用する症例が増加しています。
硬膜外カテーテルの留置ができない症例が多いです。

そこで、くも膜下モルヒネの単回投与であれば、neuraxial hematomaのリスクは最小限にできると考え、術後鎮痛目的に施行する症例が少しずつ増えています。
術後の掻痒感への対応はもちろん、呼吸抑制のモニタリングについて、病棟スタッフへの教育も必要です。

欧米はここ最近めっきり硬膜外カテーテルの使用は減り、intrathecal opioidsを使用することが多いと聞きます。(おそらく硬膜外麻酔が最も行われる術式は、米国では無痛分娩なのではないでしょうか?)
日本人では考えられないような、morphine 500mcgなどの臨床試験もあり、、、本邦でも至適投与量を検討する必要があるのでしょうか。

#古い文献ですが、intrathecal opioidsの有名なmeta-analysisです:
Benefit and risk of intrathecal morphine without local anaesthetic in patients undergoing major surgery: meta-analysis of randomized trials
Br J Anaesth. 2009;102(2):156-67.

#ASAのNeuraxial opioidsによる呼吸抑制のモニタリングのガイドラインは知っておく必要があります:
Anesthesiology. 2016; 124(3):535-552. 


2020年3月6日金曜日

心臓麻酔勉強会 テーマ:心筋保護 (2020/3/3)

いわゆる開心術では、心筋保護液による化学的心停止が不可欠です。
心臓麻酔とは、すなわち心停止した心臓をいかに”蘇生”させ、全身の循環を維持するか、ということに尽きます。

心筋保護液のpracticalなところというよりは、心筋虚血の生理学的なところを主に皆で振り返りました。




開心術のほとんどが心停止無血視野を必要とする.
→大動脈遮断による全心筋虚血に対して,心筋障害を最小限にするために心筋保護液を注入する必要がある.

心筋の酸素消費と虚血について
通常の心筋の酸素消費量は 8〜10ml O2/min/100g. (参考:脳組織は?)
ヒトの心臓は300g程度なので,心筋の酸素消費量は全身の10%.
安静時の冠動脈血流はだいたい250ml/min=心拍出量の5%
心筋組織は酸素摂取率が異常に高い:通常冠静脈血の酸素飽和度は30%程度

心筋の酸素消費量(MVO2)の変化
常温の人工心肺下で,empty beatingの状態:6ml O2/min/100g  (だいたい通常の3分の2)
常温の人工心肺下で,化学的心停止の状態:1ml O2/min/100g  (10分の1まで減少!)
→冷却するともっと下がる(Q10の法則)

37℃の状態で,empty beatingVfの心臓,どちらが酸素消費多い?
32℃の状態で,empty beatingVfの心臓,どちらが酸素消費多い?
★なぜ,低体温・化学的心停止にしても心筋の酸素消費量はゼロにはならないのか?

心筋細胞のエネルギー源は?
好気性代謝と嫌気性代謝,ATPの産生効率はどのくらい違う?
虚血中の心筋細胞内ではどのような変化が起きている?

虚血再灌流障害(ischemic-reperfusion injury)
Ca2+ overloadのメカニズムについて

(虚血中の心筋細胞内のできごと)
嫌気性代謝で乳酸が蓄積,細胞内アシドーシス
Na+/H+交換機構により細胞内からH+を排出,細胞内にNa+が蓄積

(再灌流時の心筋細胞内のできごと)
乳酸が再灌流によりwash outされ,さらに細胞内からH+が排出されNa+が蓄積
アシドーシスが改善するためNa+-Ca+ pumpの活動が亢進し,細胞内にCa+が蓄積
→細胞内のproteaseを活性化させ、細胞膜の機能やintegrityを障害、心筋収縮に関わるタンパク質の機能低下


心筋保護液の種類
化学的心停止させるには高カリウム溶液で心筋の静止電位を脱分極させる必要あり

主に,細胞外液型と細胞内液型がある.
細胞外液型:St. Thomas溶液が代表的.
細胞内液型:Bretschneider溶液が代表的.活動電位に必要なNa流入を起こさせない
★当院の心筋保護液の組成は?

Blood cardioplegiaCrystalloid cardioplegia→現在は4:1で投与するのが一般的とされる.

#最近米国では成人心臓手術でもDel Nido solutionが用いられることが増えてきていると聞きます。(Cleveland clinicなど)初回の単回投与で長い心筋保護を維持できるのが利点のようですが、どんな感じなのでしょうか。



抄読会 術前NT-proBNPと術後心筋障害(MINS) (2020/2/25)



Preoperative N-Terminal Pro–B-Type Natriuretic Peptide and Cardiovascular Events After Noncardiac Surgery
A Cohort Study

Duceppe E. et al.

Ann Intern Med. 2020;172:96-104.

専攻医のK先生の抄読会でした。
Ann Intern Medは内科系雑誌ではIFの高い超一流雑誌です。
最近何かと話題の、非心臓手術後の心筋障害(MINS:Myocardial Injury after Noncardiac Surgery)に関する論文です。
VISION studyのサブ解析で、カナダのMcMaster大のDevereaux先生(内科医, VISIONのprincipal investigator)のグループが発表しています。

*Introduction
周術期の心血管イベントのリスク評価としてRevised Cardiac Risk Indexが古くから用いられている
→予測能(accuracy), validationに課題あり

術前のNT-proBNPが術後の心血管イベントの予測に役立つとする先行研究あり
→VISIONのcohortを用いて、術前のNT-proBNP測定をRCRIに追加することで術後の心血管イベントの予測能が高まるかを調査した

Prospective cohort study
術前にNT-proBNPを測定
術後6時間後、12時間後、POD1、POD2、POD3に高感度トロポニンT(hs-TnT)を測定

Primary outcome = 30日後の心血管イベントによる死亡 + MINS のcomposite

n=10402のコホート
vascular death n=54 (0.5%), MINS n=1237 (11.19%)
Primary outcomeは1269人(12.2%)

術前NT-proBNP < 100 pg/mLをcontrolとすると、
100-200 pg/mL でPrimary outcome のAdjusted HR 2.27 (95%CI 1.90-2.70)
200-1500 pg/mLでAdjusted HR 3.63 (3.13-4.21)
>1500 pg/mLでAdjusted HR 5.82 (4.81-7.05)

RCRI 0点, 1点, 2点, 3点の患者のPrimary outcome incidenceはそれぞれ7.4%, 14.1%, 24.7%, 39.9%

Primary outcomeの予測能のROC曲線のAUC(c-statistic)
RCRI単独で0.65 (0.64-0.67)
→NT-proBNPを追加すると0.73 (0.72-0.74)に改善

Conclusion
術前NT-proBNPは非心臓手術後のMINSと強く関連し、RCRIと組み合わせることでMINSの予測能を向上させる。


#カナダのガイドラインは、積極的に術前のNT-proBNP / BNPとbaselineのTroponinの測定を推奨していて、面白いです。いわゆるstress test (負荷心電図や負荷心筋シンチなど)よりも、MACEやMINSの予測能が良いというのが主張です。
Canadian Cardiovascular Society guidelines on perioperative cardiac risk assessment and management for patients who undergo noncardiac surgery. Can J Cardiol. 2017;33:17-32. 

ACC(米国心臓病学会)の2014年のガイドラインでは、TroponinやBNPの推奨は高くなかったと思います。

#ごくわずかのTroponinの上昇が本当に患者予後の悪化と関連があるのか?というところも気になるところです。ClevelandのDr. Sesslerは、もっとMINSに目を向けろ、と常におっしゃっていますが。
参考:Association of Postoperative High-Sensitivity Troponin Levels With Myocardial Injury and 30-Day Mortality Among Patients Undergoing Noncardiac Surgery
JAMA. 2017;317(16):1642-1651.

#c-statisticのoptimism法やbootstrap法を用いた補正の話は、難しすぎて私もまだ理解が乏しいですが、いつかまとめたいところです。

2020年2月21日金曜日

抄読会 FLASH Trial (2020/2/18)

専攻医のA先生が抄読会でFLASH Trialについてまとめてくれました。
これまでのHESのStudyの流れについてもわかりやすくまとめていて、終了後のディスカッションも盛り上がりました。

*Introduction
HESとは?
6%HES 130/0.4 の意味(重量平均分子量,置換度,C2/C6比)

*これまでのHESや膠質液関連のStudy
-SAFE (Albumin vs crystalloid)
-VISEP (sepsis患者が対象, 10%HES vs Ringer)
-6S (sepsis患者が対象, 6%HES vs Ringer)
-CHEST

いずれも循環動態不安定な術中患者(急性出血によるhypovolemia)を対象としていない

*Revised Starling's Lawについて
Glycocalyxの存在についてクローズアップ
必ずしも膠質液の輸液はすべてが血管内にとどまるわけではない(特にGlycocalyx layerが障害されるような状況において)

Effect of Hydroxyethyl Starch vs Saline for Volume Replacement Therapy
on Death or Postoperative Complications Among High-Risk Patients Undergoing Major Abdominal Surgery
The FLASH Randomized Clinical Trial


Futier E, et al.

JAMA. 2020;323(3):225-236. doi:10.1001/jama.2019.2083

術後臓器障害のリスクが高い外科手術患者における、fluid resuscitationとしての6%HES130/0.4の使用は、生理食塩水の使用と比較して術後合併症を減らすか?

Multicenter, double-blinded, randomized controlled trial

Inclusion criteria
-全身麻酔下に腹部手術を受ける、術後合併症リスクの高い18歳以上の患者(AKI risk index class 3以上)

Exclusion criteris
-急性心不全あるいは心筋虚血がある
-GFR<30の慢性腎臓病患者
-術前の血管作動薬の使用
-HESのcontraindication
など

Stroke volumeを指標にしたFluid challenge algorithm
-5分間で250mlのHES or 生食を急速投与
-SVが10%以上増加するかどうか?
増加なし→fluid challenge中止
増加あり→さらに250mlの輸液をボーラス投与
-その後もSVが10%以上低下した際にfluid challengeを行う

Primary outcome:死亡/主要臓器合併症(AKI KDIGO1, MV/NIVを要する急性呼吸不全, 急性心不全, sepsis, 14日以内の再手術)のcomposite


*Results
HES-group n=389 vs NS-group n=386 がintention-to-treat analysis

Baseline characteristics
HES群のほうがDM患者がやや多い (50% vs 41%)
肝胆膵外科手術、結腸手術、膀胱全摘など

Fluid challenge HES群で中央値1000ml vs NS群で1250ml 
その他術中の維持輸液、術後の維持輸液/Fluid challengeの量に両群で有意差なし

Primary outcome HES群 36% vs NS群 32%で有意差なし
AKIはHES群 22% vs NS群で16%で、統計学的には有意ではないがHES群で多い傾向に。



#医局員のDiscussionでは、
ーHES群のほうがDM患者が多いのでAKIが増える傾向にあるのは当然では?
ーどのような手術中のsituationでHES投与が正当化されるか?(脊麻帝王切開患者のPreload/Co-loadなど)
ー術中5%アルブミンを使うsituationとは?(敗血症患者の麻酔で、血液製剤の適応はないがどうしてもfluid resuscitationでcolloidを使用したいときなど) ※当院は手術室でのアルブミン使用は非常に少ない
などが挙がり、盛り上がりました。

歴史的には、Intensivistには全くと言っていいほど使用されず、一方でAnesthesiologistは好んで使用してきたHESですが。
今後積極的に使用する麻酔科医も少なくなるのではないでしょうか?

今回のTrialでは、SV-guided GDTをどのデバイスを用いたかの記載が(Supplementaryを読んでも)私には見つけられず、興味があります。フランスの研究ですが、Flotrac? PiCCO? それともEsophageal doppler?

2020年2月12日水曜日

アナフィラキシー Complications in Anesthesia 輪読会 Chapter 129 (2020/2/4)

”Complications in Anesthesia (3rd edition)”の輪読会を行っています。

https://www.amazon.co.jp/Complications-Anesthesia-Lee-Fleisher-FACC/dp/1455704113


Chapter 129 Anaphylaxis and Anaphylactoid Reactions

Case - 54歳女性, ATH+BSO
propofol, fentanyl, vecuroniumで麻酔導入, 2g cefotetan div
→血圧低下、昇圧薬に抵抗性
エピネフリン100mcg bolus→持続投与
アナフィラキシーの診断で手術は中止。患者はICUへ。
1週間後再手術が予定された。どうする?

アナフィラキシー = rapid-onset, systemic, life-threatening allergic reaction
軽度の血圧低下や気管支攣縮でも、それをアナフィラキシーと認識できないと、同じ抗原に再度暴露された際に致死的になりうる

古典的にはアナフィラキシー(IgE-mediated)とアナフィラクトイド反応(non-IgE-mediated)に分類される

第4級アンモニウム塩(食物、化粧品、その他薬剤に含まれる)への暴露により感作されIgEが産生される→筋弛緩薬などと交差反応を起こす

周術期のアナフィラキシーの原因
第1位:筋弛緩薬(30-50%) 第2位:ラテックス 第3位:抗菌薬
頻度:1/3500 〜1/20000といわれる
非周術期のアナフィラキシーと比較すると重篤になりやすい(背景疾患などのせいで)

アナフィラキシーは二相性反応に注意(10%に起こる)

肥満細胞や好塩基球から放出されるメディエーター(ヒスタミン、プロスタグランジン、ロイコトリエンなど)により血管拡張+気管支平滑筋収縮 が起こる
non-IgE mediated pathway:カリクレイン、ブラジキニンが関与

Kounis syndrome:冠動脈にある肥満細胞が活性化→冠動脈攣縮

β遮断薬やACE阻害薬を内服しているとより低血圧が重篤になりやすい

筋弛緩薬のアナフィラキシー→大抵はその他の筋弛緩薬にも交差反応性がある
ペニシリンアレルギーの場合、第1世代セフェムは注意 第2,第3世代セフェムはOK?
卵、大豆アレルギーは必ずしもプロポフォールによるアレルギーのリスクにならない。
真の局所麻酔薬アレルギーはまれ:添加されたエピネフリンや溶媒に対する反応であることが多い

Bezold-Jarisch reflexに注意→アトロピンを使うと病態を悪化させて心停止になりうる

血中トリプターゼ濃度:25mcg/L以上で有意
アナフィラキシー後60分でピークに達し、半減期は2時間
蘇生直後, 1時間後, 2時間後, 6時間後, 24時間後に提出すべき

プリックテストや皮内テストは、アナフィラキシーを起こしてから4−6週間後に行うのが望ましい(直後だと偽陰性になりうる、メディエーターが枯渇しているから)

治療
輸液 最低1-2L
アドレナリン 過量投与に注意 ivなら10-50mcgからはじめて、100-300mcgに増量
※β遮断薬内服患者では、グルカゴンを考慮
β刺激薬吸入
ステロイド、抗ヒスタミン薬


#雑感ですが、トリプターゼは外注検査でかつ保険適応外だと思うので、そんなに頻回には採血できないですよね。あくまで傍証にすぎないかと。基本的には臨床診断です。
周術期のアナフィラキシーは、皮膚反応(全身発赤や蕁麻疹)が出ないことが多いように思います。